大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)38号 判決
○当事者
控訴人
名方大介
同
名方平二
右両名訴訟代理人弁護士
藤井信義
同
陶山三郎
被控訴人
国
右代表者法務大臣
賀屋興宣
右指定代理人
水野祐一
ほか三名
○主 文
控訴人両名の控訴、及び、控訴人大介の当審における拡張請求を、いずれも棄却する。
控訴費用は控訴人両名の負担とする。
○事 実
控訴人等代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人大介に対し、金一、七四〇、七〇五円、及び、内金一八三、〇〇〇円に対する昭和三二年五月二三日から、内金九六五、六七〇円に対する同三四年九月一六日から、内金二六二、五〇五円に対する同年一〇月一五日から、内金三二九、五三〇円に対する同三五年四月二四から各完済に至るまで年五分の金員を支払え(右元金については金二〇一、二一〇円の訴を取下げ、金三二九、五三〇円に対する年五分の請求を拡張)。被控訴人は控訴人平二に対し、金六二、〇〇〇円及びこれに対する同三二年五月二三日から完済に至るまで年五分の金員を支払え。訴訟費用は一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決、ならびに、仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張、ならびに、証拠の提出、援用、認否は、次の通り附加訂正したほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する(中略)。
控訴人等代理人は、
「一、控訴人大介関係の主張として、
(一) 控訴人大介は、同控訴人に対する明石税務署長のした本件贈与税処分に対し、再調査請求をしていたところ、昭和二八年四月一六日、右税務署長佐々木係長が、同控訴人作成名義の「再調査請求等取下げについて」と題する書面(以下本件取下書という。)を偽造した不法行為により、右課税処分の取消を求める途を失わしめられたため、原判決請求原因事実摘示四(一)、(1)ないし(3)主張の損害(但し、(2)の慰藉料額三〇〇、〇〇〇円を一〇〇、〇〇〇円に減縮)を蒙つたほか、同三五年二月一七日、右課税処分による贈与税残額三〇九、五三〇円及び利子税額二〇、〇〇〇円合計金三二九、五三〇円を前記税務署に納付し、これと同額の損害を蒙つたから、ここに、被控訴人に対し、原審において現実の給付を求めた金一、六一一、一七五円から慰藉料額二〇〇、〇〇〇円を減縮した金一、四一一、一七五円及びこれに対する年五分の遅延損害金、ならびに、原審において将来の給付を求めた金三三〇、七四〇円から金一、二一〇円を減縮した、前記現実の損害額三二九、五三〇円及びこれに対する控訴の趣旨変更申立書(同三五年四月二三日附)送達の日の翌日である同三五年四月二四日から完済までの遅延損害金の支払を求める。
(二) 被控訴人は、控訴人大介と明石税務署長間の、神戸地方裁判所同二九年(行)第二七号再調査請求法律関係存在確認請求事件について、同裁判所が言渡した同控訴人敗訴の判決が確定していたから、本訴において本件取下書の効力を争うことができないと主張するけれども、右確定判決の既判力は本訴に及ぶものではない。
(三) 控訴人大介には、本件再調査申立を取下げるべきなんらの動機もなく、従つて、本件取下書を作成提出した事実がない。即ち、同控訴人は、同二八年三月二一日、明石税務署長に対し、本件再調査申請書を提出しているのであつて、同月末頃には右申立を取げる意思は勿論のこと、納税する意思もこれを有しなかつたところ、同年四月七日、同税務署長谷徴収係員が同控訴人に対し、本件贈与税については分納する方法もあり、納付しても異議が通れば納付額を返還するのであるから納付されたい旨申入れてきたので、同控訴人は一応納税することにし、同月一〇日、同税務署に出頭して、分割納税の金額ならびに第一回の分納々税額の指示を受けて帰宅し(その際、係員の言をメモしたのが甲第六号証である。)、ついで、同月一六日、午前中は患者の診察をしたり宮内さだ子の手術をした後、午後三時を過ぎてから株式会社第一銀行明石支店に行き、控訴人平二の預金から金三〇〇、〇〇〇円を引出して(甲第三八号証の引出日が同月一七日と記載されているのは、一六日の閉店後預金を引出したためである。)、これを通知預金に預け入れ、この通知預金を担保として、同銀行から金三〇〇、〇〇〇円を借受け(金利として金二、〇四六円を支払つた)、これに手持の現金一、七五〇円を加え、同銀行支店長振出の金額三〇一、七五〇円なる小切手を受領し、これを控訴人平二の預金通帳及び印鑑とともに持参して、同日午後四時頃同税務署に出頭し、延納手続及び第一回分納手続をした上夕刻帰宅したものである。右手続は、同税務署々長室の隣りにある管理課室でしたものであるが、その事務は林事務官が行い、控訴人大介は、印鑑を右事務官に預けたままで下里管理係長と雑談していたが、その際同室には佐々木係長も在室していたのに、同係長は同控訴人の知らない間に居なくなつた。そして右手続は約一時間で終つたので、同控訴人は直ちに帰宅して、控訴人平二に対し右手続をしてきたことを報告したもので、この間控訴人大介は、勿論再調査取下の話をしていないし、右分割納税の配慮をしてもらうため、或は弁護士の意見により本件取下書を作成したものでもなく、又、同日控訴人大介が午前と午後の二回に亘り同税務署に出頭したような事実は全くない。右に述べた通り、控訴人大介に本件再調査申立を取下げを動機がなかつたこと、従つて、本件取下書は同控訴人が作成したものでないことが明らかであるが、更に、このことは次の事実からも十分推認できる。即ち、同控訴人は、平素から普通の手紙でもその控を作つておく習慣を有し(甲第六二号証の一ないし四参照)、大学を卒業した知識階級に属し、本件までに既に訴訟をした経験もあつたのであるから、再調査申立の取下書を提出することの意味は十分知つており、従つて、かかる重要な書面を作成した場合には必ずその控を作成している筈で、現に、本件贈台税延納申請書の控(甲第七号証)ですら作成しているのにかかわらず、本件取下書の控が作成されていないことからみても、又本件取下書には本件贈与税に関する再調査申立を取下げる旨記載されているのみならず、同控訴人と関係のない控訴人平二に対する資産再評価税に関するそれをも取下げる旨同時に記載されていることからみても、控訴人大介が本件取下書を作成したものでないことが認めらるべきであつて、右取下書中の控訴人大介の署名が、右延納申請書中の同控訴人の署名と同一筆蹟であるとする各鑑定書の記載及び証人等の証言は採るに足りないものである。
二、控訴人平二関係の主張として、
(一) 控訴人平二は、同控訴人の本件資産再評価税等審請求を棄却する旨の大阪国税局長のした審査決定に対し、同局長を被告として大阪地方裁判所に右決定の取消を求める訴を提起し(同裁判所昭和三〇年(行)第五一号)、本件資産再評価税等課税処分違法の事由として、
(1) 同控訴人が右課税の対象たる本件物件の所有権を取得したことがない。
(2) 仮にそうでなくても、本件物件を控訴人大介に贈与したことがない。
(3) 右各理由がないとしても、本件物件贈与の日が同二五年三月二〇日であることは登記簿の記載によつて明かであり、従つて、資産再評価法附則第四項によりこれについて資産再評価税を課税できないのに、明石税務署長において、右贈与の日を同年六月二〇日であると誤認した過失により本件課税処分をした違法がある。
と主張したところ、被告国税局長が右(3)の主張を認め、同三〇年一〇月二八日右課税処分を取消し、右取消処分はその翌日効力を発生したので、控訴人平二も右訴を取下げたものである。
(二) 控訴人平二の右行政訴訟の提起は、違法な課税処分を是正し、自己の権利ないし利益を擁護するために必要なことであり、かかる訴訟は素人のよくなし得ないところであることは明白で、同控訴人が右訴提起のため弁護士を訴訟代理人に選任したのは、まことに止むを得ないことである。而して、同控訴人が右訴を取下げたのは、被告指定代理人から前記のように課税処分を取消すから訴を取下げてほしいと懇請されたことによるものであり、仮にそうでなくても、前記の通り課税処分が取消された以上、右訴はこれを維持してもその利益がないとして棄却されることが明かになつたために取下げたものであるから、いずれにしても被控訴人は、右訴提起により同控訴人が弁護士に支払つた手数料及び謝金を賠償する義務を有することは勿論、右違法課税により同控訴人が蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料を支払う義務がある。」
と述べ、証拠(省略)
被控訴人指定代理人は、
「一、控訴人大介の請求について。
控訴人(上告人)大介と明石税務署長(被上告人)間の、最高裁判所昭和三二年(オ)第五八一号再調査請求法律関係存在確認請求事件については、同裁判所において、同三四年五月二九日言渡された上告棄却の判決により、同控訴人と明石税務署長間に、「同署長が同控訴人に課した本件贈与税につき、同控訴人が同二八年三月一八日なした再調査請求を、同年四月一六日なした取下により終結したとする終結処分の無効なることを確認する。」との請求を棄却した第一審判決が確定しているから、これにより右取下による終結処分はすでに有効なるものと確定され、爾後の裁判においてこれと異る判断をすることは許されない(既判力の客観的範囲)。右確定判決の被告は行政庁たる明石税務署長であつて、本件訴訟の被告たる国と全く同一ではないけれども、右署長は国の一機関として、特に行政事件訴訟特例法第三条によつて被告たる適格を付与されているものであり、その処分の効力はすべて国に帰属するところのものであるから、右確定判決の効力は、同控訴人国との間においても、その効力を有すべきものと考える(既判力の主観的範囲)。
二、控訴人平二の請求について。
(一) 同控訴人が、大阪国税局長を被告とした大阪地方裁判所昭和三〇年(行)第五一号事件において、本件資産再評価税等課税処分が違法であることの事由として、その主張の通り主張したこと、右課税処分が、控訴人平二において同二五年六月二〇日控訴人大介に対し本件物件を贈与したと認定してなされたところ、後になつて右贈与の日が同年三月二〇日であることが判明したので、直ちに同年一〇月二八日右課税処分の取消処分をし、右取消処分がその翌日効力を発生したことは、いずれもこれを認める。
(二) 明石税務署長が右課税処分をするに至つた経緯は原審において主張した通りであるところ、不法行為による慰藉料請求権は、常に他人の違法行為によつて蒙つたあらゆる精神的苦痛についてこれが許されるわけのものではなく、その苦痛の程度、侵害の態容、社会共同生活のための必要性から考慮して、その苦痛が金銭賠償をもつて補てんされることが、法律上認められるだけの客観性と合理性を要すると解すべきものである。
而して、本件課税処分は前記の経緯により、明石税務署職員が、本件物件を取得したのは同二五年六月二〇日である旨の控訴人大介自身の説明を信用し、同日本件物件の贈与があつたものと認定したことに起因するものであつて、各職員において故意にかかる認定をしたわけではなく、又職権を利用して控訴人平二に苦痛を与えようとしたわけでもない。しかも、右課税処分は、その後登記簿調査の結果、贈与の日を前記の通り訂正すべきことが判明したので直ちに取消されているのである。即ち、本件課税処分は、税務職員の過失に基因するものであつて、格別故意になされたわけでなく、その過失の一因が贈与当事者間の一方の申告に起因しており、しかもその誤つた課税処分はその後直ちに取消されて、控訴人平二に金銭上の損害も与えていないのであるから、たとえ同控訴人がその間いくばくかの不愉快、苦痛の感情を抱いたとしても、それだけでは未だ法律上の保護に値する程の重要性も客観性も有していないといわねばならないから、同控訴人の慰藉料請求は、この点においても理由がない。」
と述べ、(中略)
○理 由
一、控訴人大介の請求について。
(一) 明石税務署長が、控訴人大介が昭和二五年六月二〇日相控訴人平二から、原判決末尾添付目録記載の不動産(本件物件)の贈与を受けたものと認め、同二八年三月七日、控訴人大介に対し、贈与税八六二、五〇〇円及び無申告加算税二一五、五〇〇円を賦課したので、同控訴人が、同月一八日右税務署長に対し異議申立書と題する書面を提出して右課税処分の再調査請求をしたが、即日同税務署資産税係長佐々木祐が電話で右請求を却下する旨の内意を伝えたので、同控訴人は同月二一日念のため「再調査申請書」と題する書面を提出したところ、「右再調査請求は同年四月一六日に取下げられたことを理由に終結処分に付されたため、同控訴人が、同二九年八月九日、同税務署長を被告として、神戸地方裁判所に再調査請求法律関係存在確認の訴(同庁同二九年(行)第二七号事件)を提起し、後にこれを終結処分無効確認の訴に変更したところ請求を棄却され、大阪高等裁判所に控訴したが(同庁同三〇年(ネ)第七一四号事件)、控訴を棄却されたので、最高裁判所に上告したところ(同庁同三二年(オ)第五八一号事件)、同三四年五月二九日上告を棄却され右一審判決が確定したことは、当事者間に争いがない。
(二) 被控訴人は、さきに控訴人大介と明石税務署長間の前示行政訴訟事件において、本件課税処分に対する同控訴人の再調査請求が、本件取下書の提出による取下により終結したとする終結処分の無効確認を求める同控訴人の請求を棄却する旨の判決がなされ、右判決は既に確定しているところ、控訴人大介の本訴請求は、右確定判決の既判力を受け許されないものであると抗争するので考えてみる。
(証拠―省略)ならびに、弁論の全趣旨を考え合わせると、控訴人(原告)大介と明石税務署長(被告)との間の、神戸地方裁判所昭和二九年(行)第二七号再調査請求法律関係存在確認事件について、同裁判所が本件贈与税につき、同控訴人が同二八年三月一八日なした再調査請求を、同控訴人において同年四月一六日取下げたものとして、右税務署長のなした終結処分の無効であることを確認する旨の同控訴人の請求を、右取下書(本件取下書)が同控訴人によつて真正に作成提出されたものであることを理由に棄却したので、同控訴人において控訴を提起し、大阪高等裁判所同三〇年(ネ)第七一四号事件としてけいぞくしたところ、同裁判所においては、再調査取下による終結処分なる行政処分はあり得ないから、右請求の趣旨は、再調査請求について取下がなされておらず、同税務署長においてこれにつきなんらかの決定をなすべき義務があるとの確認を求めるものにほかならないと解した上、右一審判決と同一理由により控訴棄却の判決をし、これに対する上告についても最高裁判所において、同裁判所同三二年(オ)第五八一号事件として、同三四年五月二九日上告棄却の判決がなされたことが認められるけれども、右確定判決の既判力は、その訴訟物たる再調査請求に対する税務署長の応答義務の存否、ないし、再調査請求による法律関係の存否についてのみ生ずるものであつて、右存否を判断する前提としてなされた本件取下書作成の真否についてまで、その既判力は及ばないと解すべきであるから、その余の被控訴人の主張について判断するまでもなく、被控訴人の抗弁は採用することができない。
(三) よつて、本件取下書が、控訴人大介によつて作成提出されたかどうかの点について判断する。
(1) (証拠―省略)を綜合すると、控訴人大介が、昭和二八年四月一六日午前九時頃から十時頃までの間に、明石税務署に出頭し、資産税係長佐々木祐に対し、さきに同控訴人がした本件贈与税に対する再調査請求、及び、相控訴人平二がした資産再評価税課税に対する審査請求をいずれも取下げたい旨、及び本件贈与税を分納させてもらいたい旨を申出たので、右佐々木係長が控訴人大介を同税務署長室に連れてゆき、署長公庄弘に対し、同控訴人が右の通り本件贈与税の再調査請求を取下げたいと言つてきている旨を報告した上、同控訴人を署長室に残して資産税係の席に戻り、部下の池沢千賀に対し、右取下書を浄書すべきことを命じたので、右池沢において本件取下書(甲第四三号証)日附欄の「拾六」及び同控訴人の氏名を除いたその部分を全部記載して、これを佐々木係長に手交し、佐々木係長がこれを署長室から戻つてきた同控訴人に交付して、同控訴人の署名捺印及び相控訴人平二の記名捺印を求めたところ、同控訴人はその日附欄に「拾六」の文字を書き入れ、かつ自己の署名捺印をしたが、相控訴人平二の関係については、同人の印を持参していないから後日記名捺印する旨言明し、ついで管理係室へ行つて同係長下里君代に対し、本件贈与税延納申請手続方を依頼したので、同係長において既に公庄署長から延納を認めることについてその同意を受けていたところから、同係員林弘に分割納付額の算出及び右申請書の作成を命じ、右命を受けた林係員が、分割納付額を算出し、本件延納申請書(甲第四四号証)中、相続税額、延納期間ならびに分割納税額の各欄の記入をした上、延納理由の記載を求めてこれを同控訴人に交付したところ、同控訴人がこれを前示佐々木係長のところへ持参して、同係長に対し、右延納申請書理由欄を記載してほしいと依頼したので、同係長が同係の職掌に属しない事務ではあつたが、前示池沢千賀に命じて同欄の記入をさせた上、これを同控訴人に手交し、同控訴人においてその住所氏名等を記載し、氏名の横に捺印して下里係長に提出したこと、ついで、同日午後三時を過ぎて一般に銀行において預金出納事務を締切る時刻に、同控訴人が株式会社第一銀行明石支店に行き、相控訴人平二の普通預金から金三〇〇、〇〇〇円を引出して、これを相控訴人平二名義の通知預金を担保として、手形貸付の方法により金三〇〇、〇〇〇円(同銀行振出の小切手)を借受け、これに手持の現金一、七五〇円を加えた合計金三〇一、七五〇円を持参して前記税務署管理係に出頭し、これを本件贈与税第一回分納額八六、二五〇円と無申告加算税金二一五、五〇〇円合計金三〇一、七五〇円の支払に充てるため下里管理係長に交付した事実が認められ、(中略)右認定を覆えすに足る的確な証拠がない。
(2) 控訴人大介は、(1)同控訴人において本件再調査請求を取下げるなんらの動機も存しなかつたのであり、(2)しかも同控訴人は大学を卒業した知識階級に属し、平素から普通の手紙でもその控を作つておく習慣を有し、本件までに既に訴訟をした経験もあつたこと、従つて、本件取下書を作成したものならその控を作つている筈であるのに、本件延納申請書の控はこれを作りながら、本件取下書の控を作つていないこと、(3)本件取下書には同控訴人に関係のない相控訴人平二の再評価税につての審査請求をも取下げる旨記載されていること等の事実から考えても、本件取下書は前記佐々木係長が自ら又はその部下をして偽造させたことが明かであると主張し、(1)の動機の有無については、同控訴人が、弁護士と相談したところ課税されるのは止むを得ないと言つたとか、本件再調査請求を取下げるから延納を認めてほしいと言つたとかいう事実に副う(証拠―省略)は、(他の証拠―省略)に照し、たやすくこれを採用することができず、他に本件取下について控訴人大介に具体的な動機が存在したことを確認するに足る的確な証拠がないから、結局本件取下についていかなる事由が動機になつたかという点については不明であると認むべきではあるが、動機が不明であるからといつて、これがために本件取下書が真正に作成されたとする前認定を動かすに足らないところであり、(2)の点については、本件取下書の控を作成したかどうかの点を除き、(証拠―省略)によつて認められる(本件取下書の控を作つたかどうかについては全証拠によるもこれを確認し難い。)けれども、右各事実をもつても前示認定を左右することができず、(3)の事実が前示認定を左右するに足りないことは、前示認定に照していうまでもない。
(3) 更に、控訴人大介は、本件取下書作成日たる昭和二八年四月一六日午前中、同控訴人は自宅において宮内さだ子の歯の手術をしていたのであるから、午前午後二回に亘り明石税署に出頭したような事実はあり得ないと主張し、控訴人大介が同日午前中に右宮内さだ子の歯の手術をしたことは、(証拠―省略)によつて認められるけれども、前掲(証拠―省略)によれば、同控訴人の自宅と明石税務署とは徒歩で約一五分の近距離にあることが認められ、又、前掲各証拠を綜合すると本件取下書及び延納申請書作成に約一時間を要したのみであることが認められるから、右手術をしたとはいえ、なお同日午前中に同控訴人が右税務署へ出頭し得ないものでないことが明かであるから、右主張は採用できない。
(四) そうすると、控訴人大介作成名義の本件贈与税再調査請求取下書は、明石税務署職員によつて、ほしいままに作成された偽造文書ではなく、同控訴人が自ら作成した真正なる文書であり、従つて、本件取下書を税務職員が偽造したことを理由として、本件課税による損害賠償を被控訴人に対して求める同控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべく、右請求を棄却した原判決は結局正当で本件控訴ならびに当審における拡張請求は失当として棄却されねばならない。
二、控訴人平二の請求について。
(一) 明石税務署長が、控訴人平二が同二五年六月二〇日、相控訴人大介に対し本件物件を贈与したものと認め、同二八年三月五日、控訴人平二に対し、資産再評価税二八、一一〇円及び無申告加算税七、〇〇〇円を賦課したので、同控訴人が、同月三一日、大阪国税局長に対し、右課税処分の審査請求をしたが、同三〇年六月一五日右請求を棄却されたため、同年七月四日、右国税局長を被告として、大阪地方裁判所に右審査決定取消の訴(同庁同三〇年(行)第五一七号事件)を提起し、右課税処分違法の事由として、同控訴人主張(1)ないし(3)の通り主張したところ、右訴訟けい続中である同年一〇月二八日、前記税務署長において、本件課税処分には右(3)の違法、即ち、本件物件贈与の日が同二五年六月二〇日ではなく、登記簿に記載された同年三月二〇日であり、従つて、資産再評価法附則第四項により課税できないのに課税した違法があることを理由に、本件課税処分の取消処分をし、右取消処分は翌二九日に効力を発生したので、同控訴人において右訴を取下げたことは、当事者間に争いがない。
(二) ところで、税務署長のした課税処分に、これを違法として取消さるべき甲の事由が存するのにかかわらず、課税当事者双方共、再調査ないし審査請求の段階においては勿論、審査請求が棄却され、これに対して行政訴訟が提起されるに至つた段階においても、右甲の違法事由が存することを看過し、乙丙の違法事由の存否のみについてこれを争つているうち、右訴訟けいぞく中、双方において甲の違法事由の存することが判明したため、税務署長において、これを理由に直ちに右課税処分を取消し、続いて被課税者においても右訴訟を取下げた場合において、乙丙の違法事由が存しなかつたか、仮に存したとしても、税務署長においてこれを存しないと判断して課税したことについて、故意又は過失がなかつたときは、右の通り甲の違法事由が存することを理由に取消されたことにより、結局課税処分は違法があつたことが確認されたことになるとはいえ、違法課税処分とこれが取消を求める訴訟の提起―ひいては、訴訟提起を委任した弁護士に支払い又は支払うべき報酬、手数料等訴訟費用以外の出費による損害―との間に、相当因果関係がないといわねばならない。けだし、税務署長ないし国税局長において、乙丙の違法事由が存しない適法な行政処分であると信じ、かつこの点につき故意、過失なくしてなした課税処分について、乙丙の違法事由が存すると主張する被課税者の不服申立を排斥するのは当然のことであり、これに対し被課税者の提起した訴訟に応訴することも又行政庁として当然とるべき態度であるというべく、従つて、右訴訟の提起は違法課税処分により結果されたものであるということができないからである。尤も、訴訟けいぞく中被課税者において、甲の存在を知り、これを乙丙の事由と併せて主張し、行政庁においてもこれを知りながら、依然として課税処分が適法であると主張して不当に抗争したことにより訴訟が遅延し、被課税者がその間余分の出費(訴訟費用を除く。)を余儀なくされたようなときは、不当応訴なる不法行為を原因として、右余分の出費による損害を請求し得るといわねばならない。
(三) これを本件について考えてみる。
(1) 本件物件を、控訴人平二が訴外阿部三郎から買受けた後、これを相控訴人大介に贈与した事実があると認定してなされた本件資産再評価課税処分をするについて、明石税務署長に過失があつたといえないこと、しかしながら、右税務署長において、本件課税当時登記簿を調査していれば、本件贈与の日が昭和二五年三月二〇日であることが直ちに判明している筈であり、従つて、当時施行されていた資産再評価法付則第四項、同法第三六条により、本件課税処分をなすべきでないことが判明していた筈であるのにかかわらず、かかる調査をすることなく、右贈与の日を同年六月二〇日と誤認してなした本件課税処分は、この点に過失があつたといわねばならないことについての当裁判所の判断は、「成立に争いのない甲第一三号証の一、二によれば、訴外菅郁蔵が、昭和二七年一〇月二七日及び同年一一月七日の二回に、控訴人大介から、本件物件買入資金として同控訴人に対し立替支出していた合計金一、九〇〇、〇〇〇円の弁済を受けた旨記載された領収証が作成されている事実が認められるところであつて、この事実を原判決認定の事実と綜合して考えると、仮に、控訴人平二が本件物件を買受けたものでなかつたとしても、明石税務署長が前示の通り認定したことについて過失があるといえないこと(故意があつたといえないことはいうまでもない。)、及び、当審における控訴人平二の全立証によつても原判決の認定を左右することができないこと」を附加するほか、原判決に判示するところ(原判決理由三項一一行目から五五行目ならない。まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。
(2) ところで、(証拠―省略)に、本件弁論の全趣旨を綜合すると、本件課税処分がなされた昭和二八年三月五日頃はいうまでもなく、控訴人平二からこれに対する審査請求をし、大阪国税局長の審査請求棄却決定がなされ、これに対して行政訴訟が提起された同三〇年七月頃においても、控訴人平二は勿論、明石税務署長、大阪国税局長も、同控訴人主張(3)の違法事由(贈与年月日誤認の事由)が存したことに気づかず、もつぱら同主張(1)及び(2)の違法事由(控訴人平二が本件物件の所有権を取得した事実がないこと、及び、同控訴人が本件物件を控訴人大介に贈与した事実がないこと)の存否について抗争していたところ、右訴訟提起の委任を受けた弁護士藤井信義において、訴訟提起後である同年一〇月頃、はじめて右(3)の違法事由を発見し、同月三日附準備書面に右違法事由をも附加して主張したので、明石税務署長において直ちに登記簿を調査して右違法を確認した上、同年一〇月二八日、右違法事由があることを理由に本件課税処分を取消したので、同年一二月一日、控訴人平二においても右行政訴訟を取下げたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠がない。
(3) 以上の事実関係の下において、控訴人平二が、右行政訴訟提起を委任した弁護士に支払い、若しくは、支払うべき報酬、手数料を、前示税務職員の違法課税処分ないし不当応訴による損害として国に対して請求し得ないことは、前示(二)に説示したところに照していうまでもない。
(4) 控訴人平二は、本件違法課税処分により、金五〇、〇〇〇円相当の精神上の損害を蒙つたと主張するところ、この点に対する当裁判所の判断は、原判示の事実に、右(2)認定の事実を綜合して考えると、同控訴人が本件課税処分により、賠償を求める程の精神的損害を蒙つたものと認めることができないことを附加するほか、原判決理由三項(二)に説示するところ(但し同項一三行目まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。
(四) そうすると、その余の点について判断するまでもなく、控訴人平二が被控訴人に対し、本件課税処分による損害賠償請求権を有しないといわねばならないから、右請求を棄却した原判決は結局正当で、本件控訴は失当として棄却されねばならない。
三、よつて、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文の通り判決する。(裁判長裁判官 小野田常太郎 裁判官 柴山利彦 裁判官 下出義明)